顕正会をやめたいと思ったときに、まず読むページ
やめたいのに動けない その理由には、はっきりした仕組みがあります
結論
やめたいのに動けないのは、意志が弱いからではありません
「やめたら成仏できないのではないか」「罰が当たるのではないか」という無意識のブレーキがかかっているからです
そしてこのブレーキは、顕正会の側が意図して作ったものです
いきなり完全に離れようとしなくて構いません
小さな一歩から始めてください
あなたのもやもやは、たいてい同じところから来ている
元幹部として10年以上内側にいて、離れた人からも話を聞いてきました
もやもやの原因は、だいたいこのあたりに集まります
- 機関紙(顕正新聞)の多部数購読を、必要もないのに申し込んでいる
- 広布御供養を、生活が苦しいのに立て替えてまで出している
- 折伏誓願の達成が、外国人を大量に使った数合わせになっている
- 幹部から報告依頼のメールや連絡が頻繁に届く
- 幹部からの指導電話が長い
- 急な打ち合わせや座談会に強制的に参加させられる
- 集会のあとの打ち合わせが無駄に長い
- 衛護や出仕といった無償の労務提供がある
- 自分の時間、お金、体力が、自分と家族のために使えていない
当てはまるものがあったなら、それはあなたの信心が弱いからではありません
実際に組織の側で起きている問題です
なぜ「はじめの一歩」が踏み出せないのか
何かを始めようとするとき、「本当にうまくいくかな」という思いが出てくることがあります
これは誰にでもある無意識の抵抗です
顕正会の場合、この抵抗が極端に強く働きます
「成仏できなかったらどうしよう」が絶対的なブレーキになるからです
「成仏しなければ」と強く思っている人ほど、このブレーキは強くかかります
真面目に信心してきた人ほど、やめられなくなる構造になっています
つまり、あなたが動けないのは、あなたが真面目だったからです
いまからできる「小さな一歩」
一気に離れる必要はありません
次のどれか一つを、今週やってみてください
- 幹部からの連絡に、すぐ応答せず時間をおいてから返信する
- 幹部への返信をせず、忘れていたふりをする
- 集会に最初から参加せず、途中参加にしてみる
- 土日の御奉公を一度休んで、喫茶店で本を読む
- 広告文の配布を、仕事を理由に一度欠席する
- 折伏誓願に、意図的にギリギリで負けてみる
- 顕正新聞の拝読を、いったんやめてみる
- 広布御供養を、いつもより低い額で参加してみる
- 機関紙推進で、前回と同じ部数はやらないと宣言する
大事なのは、一回で終わらせないこと
小さなことでも、続けることに意味があります
一回だけやってやめてしまえば、今までの自分と同じです
そして一歩を踏み出すと、それまで見えていなかったことが見えてきます
これは断言できます
幹部がどう反応するか、組織がどう動くか、自分が何を失うのか
実際に確かめた情報は、頭の中の恐怖より、はるかに小さいものです
よくある質問
Q. いまやめると、今まで積み上げた功徳が消えてしまいませんか
朝夕の勤行を一度休んだだけで功徳が消滅するという話は、顕正会の内部でよく語られます
しかし、それを裏づける事実はありません
むしろ考えてみてください
一度の欠席で積み上げたものが全部消えるような仏法だとしたら、それは守る力があるのでしょうか
詳しくは顕正会をやめたら罰は当たるのかで扱っています
Q. 幹部や同志に何を言われるか怖いです
実際に言われることは、ほぼ決まっています
信心が弱い、魔が入った、家族を守る使命を放棄するのか、といった言葉です
これは個人攻撃ではなく、組織が用意している定型の言葉です
あらかじめ知っておくと、受け止め方がまったく変わります
離れたあとに何が起きるかで、実際の流れを書いています
Q. 完全にやめる決心がつきません
決心しなくていいです
このページで挙げた小さな一歩は、どれも「やめる宣言」ではありません
距離を取ってみて、何も起きないことを自分で確かめてから考えて構いません
急ぐ理由はどこにもありません