顕正会の体験発表は、なぜ全部同じ話に聞こえるのか
病気が治った話ばかり聞かされるのには、はっきりした理由があります
結論
顕正会の体験発表は、起こりうる4パターンのうち2つだけを意図的に切り取っています
残りの2つは、存在しているのに語られません
語ると、功徳と罰の因果関係が成立しなくなるからです
体験発表は4パターンに分類できる
縦軸を「悩みや願いが解決したか」、横軸を「顕正会員かどうか」で分けます
わかりやすく「病気が治ったか」で例えます
| 顕正会員 | 顕正会員以外(未活動者を含む) | |
|---|---|---|
| 治った | ① | ③ |
| 治らなかった | ② | ④ |
顕正会が体験発表で取り上げるのは、①と④だけです
- ① 「信心をしたから治った」 → 功徳の証明として語られる
- ④ 「信心をしていないから罰が当たった」 → 恐怖を煽る材料として語られる
そして②と③は、ほぼ語られません
- ② 顕正会員なのに治らなかった
- ③ 顕正会員以外なのに治った
②と③にも、当然人はいる
冷静に考えてください
② 顕正会で何年も活動しているのに、病気が治らない人
あなたの周りにもいるはずです
功徳を実感したことがない会員は、実際に非常に多くいます
③ 顕正会をやめた人、入信したことすらない人で、健康で幸せに暮らしている人
日本全国に、世界中にいます
4つのパターンすべてに、現実の人間がいます
これは誰にでも明白なことです
病気が治るかどうかを決めているもの
実際に結果を左右しているのは、こうした要素です
- 病気の種類
- 早期発見できたかどうか
- 治療法の選択
- 体質
- 生活習慣
- 医療へのアクセス
信心の有無ではありません
顕正会側の反論と、その問題点
この話をすると、会員からはこう反論されます
医者とのめぐり合わせ、早期発見できるかどうか、
適切な治療法にたどり着けたか
そういった複数の要因をつかみ取れたこと自体が功徳である
一見もっともらしく聞こえます
しかし、ここに決定的な欠陥があります
顕正会員以外でも、その複数の要因をつかみ取れる人は山ほどいます
- 顕正会員であっても、治らない人はいる
- 顕正会員以外であっても、治る人はいくらでもいる
この反論が成立するには、
「顕正会員のほうが有意に治りやすい」という事実が必要です
そのような事実は示されていません
自己都合の解釈によって、あとから因果関係を持ち込んでいるだけです
この仕掛けに引っかかると、どうなるか
①と④だけを繰り返し聞かされていると、
信心をするかしないかで結果が決まるかのような錯覚が、じわじわと刷り込まれます
その結果、こういう会員が生まれます
顕正会の活動はやりたくない
でも顕正会から離れることができない
なぜなら罰が生活に出てくるのが怖いから
これは信仰ではなく、恐怖による拘束です
顕正会が②と③を認めるべき理由
顕正会は小手先のごまかしを否定する立場を取っています
であれば、②と③も厳然と存在することを認めなければなりません
- 顕正会員でも悩みが解決しない人がいること
- 顕正会員でない人でも悩みが解決すること
この2つを認めた瞬間に、功徳と罰の因果関係は成立しなくなります
だから語られないのです
よくある質問
Q. 自分は実際に功徳を感じたことがあります
よいことが起きたという経験そのものを否定していません
問題は、それを顕正会の活動の結果だと断定できるかです
同じ期間に、顕正会と関係なく同じようなよいことが起きた人は大勢います
逆に、熱心に活動しても何も起きなかった会員も大勢います
よいことが起きたという事実と、その原因が何だったかは、別の問題です
Q. 登壇している人は嘘をついているのですか
嘘とは限りません
①に当たる経験をした人が、本当のことを話している場合がほとんどでしょう
問題は語る人ではなく、①と④だけを選んで並べる側の設計です
②と③を経験した会員が壇上に上がることは、まずありません
選別はあらかじめ行われています